ESGアナリストに聞く -「食肉3.0時代の到来と未来の食肉文化」WEBINARを終えて

 

KSIでは、培養肉研究に取り組む東京大学・竹内昌治教授をお迎えし、オンラインイベント「食肉3.0時代の到来と未来の食肉文化」を7月31日に開催しました。このイベントに、NYから参加いただいたESGアナリストの古谷さん(Impact Investment Strategist、Domini Impact Investment)にお話を聞きました。

KSI

竹内教授のお話、面白かったですね!培養肉技術の話だけではなく、なぜ私達は肉を食べるのかということも考えさせられました。

古谷さん

そうですね。特に、培養肉は遺伝子組換えもクローンも必要無いことや、脂肪その他栄養面についても調節できることも非常に興味深かったです。

ニューヨークではビーガンの人が非常に増えていて、私の周りでも会社の同僚の3分の1くらいがビーガン或いはベジタリアンです。ビーガンの人の中には肉に似せた味や食感も嫌う人もいるようで、ビヨンドミート(※)その他の「肉に似せた食品」そのものが気持ち悪い、と言う同僚もいます。

私自身はたまにビヨンドミートを食べますが、パテ、ソーセージ共に牛肉には無い独特の香りがあります。赤みを出すためにビーツを使用しているようで、火が通ってもパテの中はピンクっぽさが残るんですよ。

※ビヨンドミート(Beyond Meat)は米国のスタートアップ企業で、植物肉製造に取り組む。2019年にはNASDAQ上場を果たしている。初期投資家にはビル・ゲイツや食肉大手のタイソン・フーズなどに加え、大手動物保護団体のヒューメインソサエティインターナショナルが含まれる。

KSI

NYでは、ビヨンドミートはもうそんなに日常的な商品になっているのですね。

実際、いくらくらいで買うことができるのですか?

古谷さん

ビヨンドミートはハンバーガー用のパテ2枚、或いは大きなソーセージ2本で1パック8ドルくらいです。ただ、この金額では低所得者向けのスーパーでは高すぎると言われていましたが、今年6月に10枚のパテ入りボックスを$16ドル程で販売開始すると発表しました。この値下げで、より多くの人が購入し易くなったのではないでしょうか?

ビヨンドミートと並んで有名なインポッシブルフーズ(Impossible Foods※)が製造する植物肉のインポッシブルミートは、小売り向け店頭販売はされていません。また、竹内さんがおっしゃっていたように、遺伝子組み換え大豆を使用していることと、大豆の大規模栽培が森林伐採と密接な関係があり問題視されていることもあり、懸念があります。

※植物肉製造に取り組む米国のスタートアップ企業

KSI

イベントの中で、植物肉は実際はそれほど健康的ではないというお話がありました。

古谷さん

どのような添加物や脂質が加えられるかによって、培養肉も植物由来の代替肉も健康リスクはあると考えます。植物由来の代替肉の添加物の問題は米国でも問題視されており、製品によっては塩分が高い点等も指摘されています。

但し、添加物そのものについてはバーガーキング等のファーストフードはそのチェーン独自の味付けが加わる為に、小売用の商品よりも更に添加物は多くなる可能性があります。その場合は製造業者というよりは販売する側の味付けの問題とも言えます。ちなみにいま冷蔵庫のビヨンドミートの表示を見てみると、ビヨンドミートのパテは1枚113グラム(4オンス)で、糖質はゼロ、炭水化物は5グラム、塩分は350mg、脂質は18gとなっています。平均的な牛肉パテ(113グラム)と比べて脂質は35%少ないと計算されています。下味がついていることもあり、私はパテはそのまま焼いて、何も調味料を加えずに食べています。また、調理の際油を敷く必要もありません。しかし、消費者の中には更に塩や油を加えてしまう人も多いようです。

KSI

アメリカでは、培養肉よりも植物由来の代替肉の議論の方が活発なのですか?

古谷さん

各国で研究が進む培養肉がこの先5年でどのくらいの規模の生産拡大まで可能なのか、とても興味があります。米国ではセル・ベースト・ミート(Cell-based Meat)、ラブ・ミート(lab meat)、或いはカルチャード・ミート(Cultured Meat)とも呼ばれていますが、メンフィス・ミーツというサンフランシスコに拠点を置く培養肉ベンチャー企業が認知されつつあり、現在牛肉ベースのミートボール、更には鶏肉と鴨肉の培養にも成功しています。現在までにシンガポールのテマセック、米食品業界大手のカーギルやタイソンフーズ、ビルゲイツのほか、日本のソフトバンクも投資家として参加しています。

ただ、培養肉は米国投資家の間でも5年ほど前に一旦話題になったものの、まだまだ商品化までの道のりは長く、足元では植物由来の代替肉が席巻している感があります。

現在ケンタッキーフライドチキンとマクドナルドがビヨンドミート、ビヨンドチキンを試験的に限定店舗で販売しているようです。また、米国外でもケンタッキーフライドチキンの親会社、ヤム・ブランズは中国でケンタッキーフライドチキンに加え、同じく傘下のピザハット、タコベルの限定店舗で試験的にビヨンドミートを提供しています。ビヨンドのライバルと考えられているインポッシブルミートは生産規模の拡大が難しいようで、マクドナルドとの提携の可能性を否定しています。しかし、既にバーガーキングには正式に採用されており、多くの店舗で提供されています。

マクドナルドが最終的にどの代替肉を選択するのか、おそらく業界にとって最も大きな契約になる為、多くの代替肉業者が熾烈な戦いを繰り広げています。

KSI

スタートアップが熾烈な競争を繰り広げてより良い植物肉を創り出されていくのですね。

古谷さん

そうですね。

一方で、この業界は有機栽培されているものはほぼ皆無で、サプライチェーンその他の詳細なサステナビリティデータの情報開示は甘いので、社会・環境問題に敏感な消費者から、今後の生産拡大規模を考えた場合、農薬や栽培方法、栽培地の拡大と森林伐採リスク、豆類のサプライチェーンにおける労働者の安全衛生問題など、より詳細な情報開示や改善要求が広がる可能性が高いと思われます。サステナビリティ面での期待値が高い事もあり、より厳しい目で見られるのでは無いかと思います。

KSI

サステナビリティに貢献する代替肉事業者自身のサステナビリティが問われていくのですね。サプライチェーン監査にかかるコストも含めて、誰がどう負担していくのかも今後の課題になっていきそうです。

古谷さん

規模の経済でユニット・コストは下げられるかもしれませんが、生産規模を拡大し続けた場合、現在の大豆や牛肉と同じ、大規模な森林伐採、土地収奪、農地周辺の水資源への圧迫などの問題に繋がるリスクは高まると思います。

また、技術力のある新たな産業がコスト削減/効率に特価したイノベーションのみに集中した場合、工場のオートメーション、ロボティックス、農地でのドロン利用等で利益は拡大しますが、工場、畜産業や農家を含むバリューチェーンにおける雇用は縮小、その場合は更に社会の二極化が進むリスクは増大しますね。そうなると今後もトランプ大統領のようなポピュリスト政権が生まれ、皮肉なことに環境や社会への影響も更なる悪化を招く悪循環を生みかねません。長期的には新たな産業にとっても深刻なリスクになります。純粋に消費者基盤も規模も弱まる恐れがありますよね。

ビヨンドミートのような、経済面・社会面・環境面を戦略の中に明示している企業の経営陣がそういった面をどこまで深く考えているのか非常に興味があります。経営陣はサステナビリティに関しても幅広く取り組むビジョンがありそうなので期待したいものです。経営陣のみならず、取締役会、株主も期待できそうな個人や組織が多くかかわっていますね。

KSI

新たな技術が生まれる過程で、消えゆく産業の雇用をどのように維持するのか、新たに生じるかもしれない環境負荷をどのように低減していくのか。サステナビリティに貢献する新たな技術が出現する際には、そのような視点で見ていくことが大事になりそうです。

古谷さん、沢山の示唆に富むお話、ありがとうございました!

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古谷 晋さん

米国資産運用会社、Domini Impact Investments 投資ストラテジスト。

アムネスティ・インターナショナル経済関係と人権及び難民プログラム担当職員、米国議決権行使助言社ISSアナリスト等を経て現職。金融、製薬、自動車、エネルギー、食品、アパレルその他幅広い産業の分析、エンゲージメント経験を持ち、同時に数々の環境・社会基準、ESG関連ガイドラインおよび枠組み策定プロセスに関わる。16年以上のESG分析業務経験、20年以上のステークホルダー・ダイアログ/エンゲージメント経験を持つ。

米国オレゴン大学政治・国際研究学部在学中に南米コロンビアににおける多国籍企業活動と人権・環境問題現地調査、コミュニティ開発活動、また、米国アパレル産業のスウェットショップ問題、北米自由貿易協定問題、オレゴン州内及びカリフォルニア州における移民農場労働者問題等に関わったことがきっかけとなり、企業と社会・環境問題に興味を持つ。

シラキュース大学マックスウェル行政大学院修士課程修了。国際関係論専攻(専門はグローバル市場と政治)。同大学院にて紛争の分析と解決ディプロマ取得(専門は環境リスク分析と環境紛争解決)。


 
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