開催報告「法の専門家に聞く!日本におけるビジネスと人権の現場 -外国人技能実習制度を考える-」
KSIでは、2020年6月12日(金)に外国人技能実習制度に精通している三人の弁護士(指宿昭一弁護士、板倉由実弁護士、尾家康介弁護士)をお招きして、「法の専門家に聞く!日本におけるビジネスと人権の現場 -外国人技能実習制度を考える-」を開催しました。技能実習生の現状から、ビジネスと人権領域への期待まで幅広くお話しいただきました。
日本の外国人労働者の4分の1が技能実習生という現実
日本には現在、在留外国人の293万人(2019年末実績)のうち、就労資格のある外国人は約200万人(2019年10月実績)で、その国籍は中国、ベトナム、フィリピンの3カ国で全体の6割を占めています。特に増加率が高いのは、ベトナム(増加率前年同期比26.7%)、インドネシア(23.4%)、ネパール国籍者(12.5%)です。
在留資格別でみると、「技能実習」は全体の23.1%。つまり、外国人労働者の4分の1が外国人技能実習生なのです。
外国人技能実習制度は、1989年入管法改正によって「研修」という在留資格が設けられたことから始まりました。表向きは「技術移転を通じた国際貢献」を目的として創設されましたが、実際には、中小零細企業が安価な労働力を確保するために作られた制度と言っても過言ではありません。制度開始当初から、この制度を利用する企業の9割以上、現在も9割5分が中小企業零細企業なのです。
技能実習制度の抱える構造的な問題
技能実習制度は、以下のように構造的な問題を抱えています。
(1)「技術移転を通じた国際貢献」という当初から虚偽の方針が掲げられていること
(2)実習生に移動の自由が認められていないため、不正行為を告発することも、移転先を自主的に見つけることも不可能なこと
(3)実習生のマッチングのプロセスで中間搾取と人権侵害が起こっていること
マッチングプロセスでの中間搾取については、例えば、ベトナムでは、日本に渡航前に、ブローカーは技能実習生一人に対して仲介手数料100万円(ベトナムの平均年収の4倍)を請求している事例が多いようです。そのため、実習生たちは、親戚や銀行から高額の借金せざるを得ない状況に追い込まれているのです。
技能実習制度は、人身売買や人権侵害を引き起こすとして、国際的にも批判を受けています。そうした批判を受け、2009年には入管法が改正され、「技能実習」という在留資格が設立されましたが、本質的な改善には至りませんでした。そのため、日弁連は「技能実習制度の廃止に向けた提言」を2011年に法務省入管庁に提出しています。同制度が構造的な問題を抱えていることから、日弁連は改善ではなく、制度そのものの廃止を提言しています。
その後、2016年11月に「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律(技能実習適正化法・技能実習法)」が成立しました。実は、これが技能実習の根拠法として初めての法律でした。初めてできた法律にもかかわらず、「適正」「保護」という言葉が多く並んでいるのです。これは、技能実習生の権利が保護されていないことを示めしているのではないでしょうか。
技能実習生の現状―パワハラや性暴力等、労基法違反は7割
2018年度に監督指導を行なった外国人技能実習生の受け入れ企業・団体のうち、労働基準関係法違反(労基法違反)が認められた事業場は、5,160事業場で、全体の7割でした。数字として表れていないケースも考慮すると、非常に高い確率で違反行為が発生していると考えられます。
受け入れ企業や団体が、時給300円とも言われるような安価な賃金で実習生を働かせるケースもあります。家賃や光熱費を給料から控除する、酷い場合には暴力・性暴力を振るう、恋愛・結婚・妊娠禁止のルールを強制するなど、外国人技能実習生に対する人権侵害が後を立ちません。
労働災害で怪我を負った実習生が、強制帰国させられるケースもあります。強制帰国させられるリスクを念頭に、事前に連絡先を交換しておいて、帰国させられた実習生から電話で相談を受けたこともあります。実習生からの依頼で、受け入れ企業に賠償請求することもありますが、実際にはそういう例は非常に稀で、多くは泣き寝入りせざるを得ないのが現状なのです。
「ビジネスと人権」における企業の責任
「ビジネスと人権原則(ラギー原則)」が2011年に国際人権理事会で採択されました。ラギー原則のもと、企業が負うべき責任は、自社で直接雇用している労働者に限らず、サプライチェーン(取引先、委託先、サプライヤーの全て)における労働者の人権も含むことが、国際的な通念になりつつあります。
直接雇用しているわけではないので、法律上の責任があるわけではないものの、「ビジネスと人権」という概念で、社会全体が発注元である企業にも責任を問うていく。そうした流れには、多くの期待を寄せています。
ビジネスと人権という枠組みで問題になった事例としては、ミャンマーの工場の労働問題が発覚したミキハウスやワコールや、下請工場における実習生に対する人権侵害が発覚したジャパン・イマジネーション、今治タオル工業組合の供給元における実習生に対する人権侵害などがあります。実習生への人権侵害のケースはTV番組で報道され、話題になりました。
事件発覚後、当該企業は大きなダメージを受けましたが、その後どのように行動するかが大事だと思います。もちろん人権侵害は批判されるべきものの、発覚後、すぐに人権侵害の事実を調査し、改善に向けた努力を行う企業があります。問題を起こしたら、そのことをポジティブに受け止めることが重要だと思います。
「ビジネスと人権原則」は多文化共生の基盤
今後、アジアの労働者の獲得競争が激しくなると言われています。人権侵害の実態は、既に知れ渡っている中で、日本に行きたいと思う外国人がどれだけいるでしょうか。
高度人材として日本で働く外国人も、「自分の人権が守られていない」と感じる人が多いようです。その理由としては、多言語化が不十分で、コミュニケーションの配慮が足りない点が挙げられます。
外国人労働者を受け入れていくためには、「多文化共生」は日本に不可欠なインフラだと思います。多文化共生を推進するには、「ビジネスと人権原則」、人権侵害を許さない社会基盤を作っていくことが必要です。つまり、「ビジネスと人権原則」を浸透させることは、多文化共生に不可欠なことです。
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質問:外国人技能実習制度は、どんな規模や業界の企業が利用しているのでしょうか?
指宿弁護士:規模に関係なく、大企業から中小零細企業まで、外国人技能実習制度に関わりがあります。業界としては、アパレル、建設業、農業、漁業などで、カツオ1本釣りなどもあります。中でも、水産加工業、食品加工業が代表的で、外国人実習生の手がなければ成り立たないようなところも多くあります。例えば、スーパーに並ぶ輪ゴム止めされた大葉は、ほとんどが外国人実習生による手作業です。大葉はアレルギーがあるので、作業しているうちに手がボロボロになってしまうこともあります。外国人実習生の弁護をする弁護士仲間の中には、大葉が食べられなくなってしまった人もいます。
尾家弁護士:忘れてはいけないのは、こうした外国人実習生の労働搾取の恩恵を受けているのは、私たち消費者だということです。衣服、農産物、海産物が技能実習性の手で作られていることを知り、消費者として「人権侵害のないものを買おう」というアクションが、人権侵害をなくしていくことにもつながります
質問:新型コロナの発生は、技能実習生にどんな影響を与えていますか。
指宿弁護士:技能実習生だけではなく、日本人にも同じ影響が出ていると思いますが、各地で「解雇」される技能実習生が増えています。この制度を利用している企業は、経営基盤が安定している企業ではないので、新型コロナの影響を大きく受けています。解雇の他には、「倒産しそうなので、他社に行って欲しい」と言われている技能実習生もいるようです。政府の緊急措置として、他分野から農業・介護分野などに移って働くことができる制度(※)ができ、それを利用する実習生も増えています。
※技能実習ではなく、特定技能に移ることを前提とした特定活動。
https://www.asahi.com/articles/ASN625HH1N4WUTIL060.html
質問:外国人技能実習制度の欠陥について指摘されていましたが、中間搾取をしているブローカーは送り出し国側の人間なのか、それとも日本も加担しているのでしょうか。
指宿護士:送り出し国のブローカーが中間搾取している事例が多いです。ただ、彼らが得た資金は、日本の関係者への過剰接待(夜の接待を含む)などで日本にも流入しています。また、最近では、送り出し機関の国際ネットワーク化が進んでおり、中国資本の送り出し機関がベトナムに設立されるなど、新しい動きがあります。
質問:ビジネスと人権についてのお話がありましたが、企業にサプライチェーンの情報開示義務を課す、という施策について、どのように考えますか?
指宿弁護士:サプライチェーンにおける人権対応は、日本では法的義務になりにくいと思いますが、「ビジネスと人権原則」の考え方から言うと、企業はサプライチェーンの人権問題に対して、社会的な責任があります。こうした考え方に基づき、今以上に情報を開示していく必要があると思います。
質問:法的義務にはなりにくいとのことでしたが、外国人技能実習生への人権問題に、ILO条約は役立ちますか?
指宿弁護士:
現状、被害者の司法アクセスが確保されていないので、条約や法規範が役に立たないのです。そうした意味で、法律は無力だと感じています。被害を可視化して、法的に問題がある場合は、相談が受けられる体制、裁判できる体制が必要です。
質問:ホットラインなどは問題解決に役立ちますか?最近、ベトナム出身の技能実習生を対象とした、ベトナム語のホットラインが出来たと聞きました。
指宿弁護士:窓口を作れば、すぐに相談が寄せられるほど単純ではないのです。日本政府や自治体は、救済のための窓口を作れば問題は解決すると思っているようですが、実際には、被害を報告したことが雇用主に絶対に知られないと信じられる場合を除き、技能実習生が連絡してくることはありません。窓口を設置するだけでは不十分で、通報できるようにするためには、信頼関係が重要なのです。そのため、教会関係者やフードバンクなど技能実習生のコミュニティに信頼されている団体と連携し、相談を受ける機会を作っています。それでも、相談に来ることができる人は全体の中ではごく少数にすぎず、氷山の一角に過ぎないのです。
質問:技能実習生への暴力、性暴力の問題について、本当に心が痛みます。どのようにしたら解決できるのでそうか?何か方法はあるのでしょうか?
板倉弁護士:被害に遭った技能実習生は「声を上げられない」状況にあることを理解する必要があります。弁護士にたどりつく人は氷山のほんの一角なのです。裁判で戦っても、賠償金支払いの過程で事件について口外しないよう約束させられてしまうので、法務省など制度設計に携わる人たちまで、実際の被害状況が伝わっていないのが現状かと思います。
最近、新型コロナの影響で家庭内暴力が増えたことがニュースになっていました。女性支援団体が協力し、スマホの画面上で、ワンクリックで相談するような仕組みを導入したことで、状況が改善されたとのことでしたが、同じように、技能実習生の女性たちにも、ワンクリックで被害を報告できるような仕組みが必要だと感じます。
質問:支援団体や弁護士の皆さんの活動は、労基署などと連携しているのでしょうか。日本以外で、労働者を管轄する公的機関と支援団体の連携が進んでいる国はありますか。
尾家弁護士:日本では、連携と言えるほどの体制は整っていません。現状、事例を集積して、弁護士として政府へのアドボカシー活動は行っているものの、その提案がどのくらい政策に反映されているかは疑わしい状況です。
指宿弁護士:米国では「人身取引」分野は政府とNGOの連携がうまくいっています。政府もNGOに頼り、NGOも政府を頼る側面があります。しかし、日本の場合、政府は「技能実習は人身取引ではない」というスタンスなので、技能実習分野の連携が難しいのです。
板倉弁護士:米国では、日本と違い、弁護士が所属する支援団体への寄付の仕組みが整っています。支援したい市民は直接団体へ簡単に寄付をすることが可能で、それが支援団体への大きな資金的バックアップになっています。
質問:人権侵害の状況を改善するために、技能実習制度をどのように改定すればよいのでしょうか?
指宿弁護士:
技能実習制度は、構造的な問題があるため、廃止すべきです。一方、特定技能制度は、ブローカーの介入を前提としていないので、中間搾取をなくすことができる可能性があります。しかし、現時点では、中間搾取を禁止するブルー化―規制はありません。特定技能制度を利用して日本に来る外国人の数は、実は目標値を大幅に下回っています。5年間で35万人を上限として受け入れるはずが、初年度は4000人に達しませんでした。なぜなのか。労働者をリクルートするシステムがなく、ブローカーも中間搾取のうまみがないと熱心に送り込まないので、実際には受入れがうまくいっていないのでしょう。ブローカーに中間搾取されずに労働者を受け入れるシステムを作る必要があります。また、来てくれた方の人権を尊重し、文化を受け入れ、相互に理解し合うような形にしないと、もう日本には働きに来てくれる人はいなくなってしまうかもしれません。
質問:外国人技能実習制度に、政治家はどのような態度を示しているのでしょうか?
指宿弁護士:技能実習生の監理団体(ブローカー)は、実は多くの政治家と通じています。ただ、国会で実習生が直接被害を訴えたことで、制度廃止を推進する考えの議員も増えてきています。
外国人技能実習生の問題、ビジネスと人権の問題は引き続きKSIでも取り上げていきたいと思います。あっという間の90分でした。指宿昭一弁護士、板倉由実弁護士、尾家康介弁護士どうもありがとうございました!