「通報制度」使われていますか?

 

ソーシャル・オーディットの現場から:

サプライチェーン人権問題解決に向けた実効性のある通報窓口の整備と監査の仕組みの導入を

「責任ある企業行動及びサプライ・チェーン推進のための対話救済ガイドライン」

国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」では、人権を保護する国家の義務と企業の責任についての原則が示されている。重要視されているのは、「保護・尊重・救済(protect / respect / remedy)」の枠組みだ。


この「救済」の枠組みを具体化すべく、グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン(GCNJ)とビジネスと人権ロイヤーズネットワーク(BHR Lawyers)が中心となり、2019年12年に「責任ある企業行動及びサプライ・チェーン推進のための対話救済ガイドライン」が策定された。

(参考)対話救済ガイドライン

https://www.bhrlawyers.org/erguidelines?fbclid=IwAR3qTrMAX5fmWYeG3hZeWPTTYcO6gUo3OdB1LMeRQIERBtbeEs_TyOrdJ6U



同ガイドラインは、「対話救済ガイドライン序論」「対話救済ガイドライン(本文)」「苦情処理・問題解決センターガイドライン」「対話救済基本アクション」の4つから構成されている。このうち、「対話救済基本アクション」は、苦情処理・問題解決制度の強化にあたって実施できる基本的なステップを10の行動として提示したもので、企業に対して具体的なアクションを促している。

図表:対話救済基本アクション


  1. 国際人権やサプライ・チェーンを含む責任ある企業行動に関する苦情を受け付けます。

  2. 企業内で苦情処理・問題解決責任者と苦情受付・対話の対応部署を指定します。 

  3. 苦情申立受付・対話の窓口を設置し、外部に開示します。 

  4. 苦情処理・問題解決の手続を定め、外部に開示します。 

  5. 苦情処理・問題解決における利益相反関係を防止します。 

  6. 苦情申立者に対する報復行為等の不利益な取扱いを防止します。 

  7. 苦情処理や対話の状況を可能な範囲で開示します。 

  8. 苦情処理や課題解決にあたってステークホルダーとの対話や独立専門家の活用を行います。 

  9. ガイドラインを参考としながら、苦情処理・問題解決制度を定期的に見直し、改善します。

  10. 苦情処理や対話の状況を、経営層を含む企業内で共有します。

※ 必要に応じて、集団的な苦情処理・対話の手続(苦情処理・問題解決センターなど)を活用します。

(出所)BHR Layers「責任ある企業行動及びサプライ・チェーン推進のための対話救済基本アクション」


「基本アクション」は、サプライチェーンも含む企業のワーカーが、必要に応じて発注元企業に安心してその苦情を申し立てることができる制度の設置(1~6)、およびその後の苦情の処理方法や情報開示の方法が具体的に示されている(7~10)。これらの項目は、機関投資家等が企業に対してエンゲージメントを行う際にも活用することが期待されている。企業が基本アクションに沿った行動を行うこと、また、機関投資家がそうした行動を促すことが両輪となって、サプライチェーンを含む企業のワーカーにかかる人権問題の解決に向けて前進が期待される。


ただし、こうした理想を実現するためには、各主体による地道な努力が不可欠である。基本アクションの策定は、あくまで「はじめの一歩」であることを忘れてはならない。


日本における内部通報制度の現状

ワーカーが苦情を申し立てることができる制度は「内部通報制度」といわれる。日本企業にはどの程度、内部通報制度が設置されているのだろうか。


東洋経済新報社の「CSR調査」によると、内部通報制度を設置している企業の数は、2016年の538社から、2019年には614社と徐々に増えている。この中にはサプライチェーンも通報の対象とするものも含まれていると考えられる。


設置企業の数は増加傾向にあるものの、現場からは「実効性」に対する疑問の声も聞こえてくる。

KSIが入手している情報によれば、自社の製品を製造する工場やサプライチェーン上にある取引先工場での労働環境や労務・人権・環境などについての問題をチェックする社会的監査(ソーシャル・オーディット)の現場では、内部通報制度が実際に有効に機能している事例は必ずしも多いとは言えない印象である。


制度自体は設けられているものの、通報窓口が総務部になっているなど、情報の機密性・匿名性に不安が感じられるものや、受付方法が電話のみ、かつ受付時間が業務時間中に限られるなど、利用者が必要な時に利用しやすいとは言い難いケースもある。


さらに、通報した情報はどのように取り扱われるのか、通報した本人の安全はどのように担保されるのか、といった最も重要な事項が明確でないものも少なくない。


センシティブな情報である以上、その内容は機密性・匿名性を持って取り扱われるべきであるが、記名式でなければ受け付けなかったり、社員番号や個人が特定可能なメールアドレスを記入させる場合もある。


勇気を振り絞って通報したにもかかわらず「社内でうやむやにされた」「取り合ってもらなかった」という事例を、ソーシャルオーディットの現場では多々見かける。ある現場では、試しに通報窓口を使って軽微な意見を伝えたところ、その内容が社内で筒抜けになり働きづらくなった、本当に伝えたい内容が通報できないという例もあった。この工場では、他の従業員からも同様の声が寄せられており、本当のことは誰も言えないままだという。


ソーシャル・オーディット関係者の間では、日本企業の内部通報制度は一般的に低く評価されていることが多い。では、先進的な内部通報制度とはどのようなものなのだろうか。



有効に機能する内部通報制度の事例

米国ワシントンD.Cを拠点とし、アパレル企業の責任ある労働慣行を監督するNGOである

公正労働協会(Fair Labor Association)は機密保持を前提とし、匿名で通報可能な窓口を少なくとも1つ以上設けるとともに、複数の窓口を設けることを基準に掲げている。


カルバンクラインやトミーフィルフィガーをもつアパレル企業PVHでは2017年から15言語に対応したホットラインをサプライチェーンである取引先従業員にもオープンにしている。全て匿名で通報する事ができ、ワーカーが直接でも労働組合やNGOを通じても問題を伝えることができる。また、通報した内容の対応状況は定期的に更新され、オンラインで確認することができる。そして、ソーシャル・オーディットチームを持つ、Corporate Responsibleチームが状況を常にモニタリングしている。


これは自社だけでなく、取引先の通報窓口がきちんと機能しているかもモニタリングし、必要であれば改善を促している。


また、現地NGOと連携してメールや電話以外にチャットアプリを導入しているブランドもあれば、ソーシャル・オーディットを行う際に、専用電話のカードを配りワーカーに説明するなど1つ以上のチャネルを確保し、より現場の声を拾う努力をしているブランドもある。

匿名性の確保、代理での通報も可能、複数チャネルや複数言語対応、受け付ける側のモニタリング体制の整備など、ワーカーが通報しやすいような工夫がなされている。

実効性のある通報窓口の整備と監査の仕組み導入に向けて

日本の企業でここまでの内部通報制度を整備している企業は稀であり、対話救済基本アクションの描く理想像と現実との間にはまだまだ乖離があるのが現状だ。通報者のリスクを十分に考慮しきれていない内部通報制度は、都合悪いことを隠蔽する道具として使われてしまう可能性すらある。ガイドラインや基本アクションの策定された今、これらに実効性を持たせるには、有効に機能する内部通報制度の整備が重要だ。基本アクションの内容や先進事例が参考になろう。


内部通報制度を設置した後は、それが実際機能しているのかを確認することも不可欠である。現場のワーカーが使いやすくなるように、必要な改善を地道に行っていくことが大切だ。現場に赴き、使う人の声を聴き、その実態を定期的にチェックし、必要な見直しを行う。しかしながら、こうした日々の地道な業務は、制度の運用担当部署の忙しさなどを背景に後回しにされてしまうことがままある。


実効性を高めるためには、人権を含む社会的監査を行うソーシャル・オーディットの担当者や担当部署を設ける必要がある。通報窓口の運用状況について、現場で従業員とマネジメントからのヒアリングを行い、運用記録をチェックする。監査のレポートをチェックするだけでも現場の声は聞こえてくるはずだ。社内での人員確保が難しければ、外部のオーディターを活用するという手もある。


対話救済ガイドライン、基本アクションが策定された今、実効性を高めるための具体的で地道な努力が求められる。企業、そして投資家の本気度が試されている。


なお、ソーシャル・オーディットの現場で、企業の内部通報制度を実効性の観点から監査する際の主な視点は次のとおりである。これらの視点は、企業が内部通報制度の導入検討や、導入後の定期的な確認を行う際、あるいは投資家が企業に対してエンゲージメントを行う際の視点としても参考になるものと考える。

図表:企業の内部通報制度を監査する際のソーシャル・オーディターの主な視点


内部通報制度の整備

・宛先は社内外の独立した機関かどうか

・受付時間はワーカーが通報しやすい時間帯か

・匿名での通報が可能か、個人が特定される情報の記載が必須か

・従業員の母国語対応になっているか

・複数の窓口があるか

・通報した場合の安全の担保について明確に規定されているか

通報制度を有効に機能させるための体制の整備

・通報内容をモニタリングする体制

・現場での使用状況と定期的に確認する体制

活用状況

・通報件数の詳細記録(国・人数)

・通報内容(詳細、対応分け)

・深刻な内容はあったか場合、どのように対応したか?

・それぞれの通報内容について、対応状況を通報者が確認できるか

コミュニケーション

・サプライチェーン全体に周知されているか

・使い方について丁寧な説明が行われているか

・使いやすいようコミュニケーションが取られているか

(出所)KSI


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