ソーシャル・オーディターの特性と監査チーム編成が監査の「実効性」に及ぼす影響
サプライヤー工場において労務上の問題や人権侵害などが生じていないかをチェックするとともに、見つかった課題の解決を促すソーシャル・オーディット(社会的責任監査)が、アパレル業界や電子機器業界など様々な業界に広がっていますが、法的な強制力や権限を持たず、あくまで民間の自主的な枠組みであるソーシャル・オーディットにおいては、100%その課題が発見されるとは限りません。
本コラムでは、ソーシャル・オーディットの「実効性」を高める要因、すなわち、監査を通じて課題が発見される可能性を高める要因に関して、カリフォルニア大学のJodi L. Short教授らが戦略論のトップ・ジャーナル誌『ストラテジック・マネジメント・ジャーナル』に2015年に発表した研究論文(※)を参照しながら考えてみたいと思います。
この研究論文の最大の特徴は、世界最大級の監査機関が実際に2004年から2009年にかけて、5,819の工場に対して行った16,795件のソーシャル・オーディットの実データを基に、定量的な統計分析が行われている点です(なお、サンプルデータに含まれる業種分類としては、衣料品、アクセサリー、電子機器、玩具などの件数が多い)。ソーシャル・オーディットに関して、これほどに大規模なデータを用いて行われた実証研究は、筆者の知る限り存在しておらず、貴重なエビデンスを提供してくれています。
同教授らは、児童労働・強制労働・労働時間・労働安全衛生・最低賃金・外国人労働者と下請け業者の取扱い・懲戒慣行の各領域において、監査を通じて発見された行動規範の違反件数と、その時に監査を行ったソーシャル・オーディターの特性や監査チーム編成との関係を統計的に分析しています。その主な発見事項として以下の点が報告されています(なお、より詳細は原文を参照)。
① ソーシャル・オーディターとしての実務経験が長いと違反の発見が増加する
② ソーシャル・オーディターとしての訓練を受けている場合、違反の発見が増加する
③ 女性のみ、または男女混成の監査員で構成される監査チームの場合、違反の発見が増加する
④ 過去に同じサプライヤー工場を監査した監査員がチームに含まれる場合、違反の発見が減少する
⑤ サプライヤー側が監査報酬を支払う監査は、発注元(ブランド等)が監査報酬を支払う監査に比べて、違反の発見が少ない
ソーシャル・オーディットが行われる限られた時間・限られた情報の中で、いかに効果的に違反を発見するかという観点において、上記①と②は、監査員としてのトレーニングや実務経験が重要であることを示唆する結果となっています。
上記③で述べた監査チームの性別構成については、サプライヤー工場において女性が労働力の大半を占めている場合が少なくないことから、女性の監査員が監査にあたることで、現場の女性労働者との率直なコミュニケーションが促進され、重要な情報が得られやすいといった背景があるものと考えられます(ソーシャル・オーディットの現場では、監査の一環として現場労働者へのヒアリングが通常行われます。)。
上記④については、同一の監査員が同じサプライヤー工場を繰り返し監査することは、当該サプライヤー工場に対する知見の蓄積という効果が一見ありそうですが、違反の発見という観点からは、むしろ、ローテーションを通じて常に新しい視点を取り入れることの重要性を示唆する結果となっています。
上記⑤のインセンティブ構造については、利益相反の懸念(監査対象となるサプライヤー工場が、監査報酬を支払う顧客でもある場合に、監査結果が影響される可能性)として様々な識者が既に指摘しているところですが、それを支持する結果となっています。ただし、(この点は同論文では触れられていませんが)発注企業側の事実上の圧力によってサプライヤー工場側が監査報酬を支払わされている場合と、透明性を高めるためにサプライヤー工場側が自ら率先して監査機関を雇って監査を受けている場合とを区別して捉える必要があるかもしれません。
この研究は、定量的なアプローチを重視しているがゆえ、エビデンスベースで説得力があると思われる一方、監査の実務や現場をよく知る方からは、個々のケースにおける様々な個別要因が十分に捉えきれていないという意見もあるかもしれません。しかし、少なくとも明らかなのは、ソーシャル・オーディットは、単に実施しさえすればすべての課題が明るみになるというほど簡単なものではないということであり、ソーシャル・オーディットの重要性と可能性を十分に認識した上で、それを活用する企業側も、監査の実務を担う監査機関や監査員側も、「実効性」を明確に意識するとともに、それを高めるための不断の努力が不可欠であるということを示唆しているように思います。
※ Short, J. L., Toffel, M. W., & Hugill, A. R. (2015) “Monitoring global supply chains,” Strategic Management Journal, 37(9), 1878-1897.