量子コンピューターの基礎
今回のFutureTopics分科会の講師は、量子コンピュータの第一人者の一人であり、国内で量子コンピュータの開発や応用を手掛ける数少ない会社であるMDR株式会社CEOの湊雄一郎氏。同社は、化粧品メーカーのコーセーや三菱UFJ銀行など多くの企業と協業されているとのこと。豊富なご知見に基づいて、業界の現状と将来性について分かりやすく解説してくださいました。
私自身も、大学時代は工学部に在籍していたため量子力学は必須科目でしたが(そして、シュレディンガー方程式がさっぱり理解できなかった記憶がありますが…)、2000年前半だった当時は、量子コンピュータの実用化はまだまだ遠い未来の夢物語のように言われていたような記憶があります。ところが、今年10月になってGoogleが「量子超越」(スパコン越え)を実証したというニュースをきっかけに大きな話題となっているように、ここ数年で急速に進展してきているようです。11月には、マイクロソフト社も同社のクラウドサービスで量子コンピュータへのアクセスが可能になると発表したということで、早ければ年末から来年の頭ごろには多くの人が量子コンピュータを利用できるようになるのでは、とのことでした。
前提知識ほぼゼロの状態でお話を伺ったので、量子コンピュータそもそも原理から従来型コンピュータとの違い(高速計算を可能にする仕組み、等)、現状の課題(一定の計算エラーが発生すること、そしてそのエラーを修正する術がまだ存在しないこと)などすべてが新しい話で盛りだくさんの内容でした。
量子コンピュータの実用化が進むと社会がどう変わってくのかについては、ESGアナリストとしても、また個人的にも大変興味があるところです。確実視されているこの一つは、現在使われている暗号化技術が簡単に解読されてしまうようになるとのこと。インターネットバンキングやカード決済などその影響は計り知れません。その他応用分野として現在最も注目されているのは新素材開発。さらには創薬や金融など幅広い領域での活用にも期待が集まっているということでした。量子コンピュータ活用に不可欠なソフトウェア開発は主にベンチャー企業が担っている状況とのことですが、プログラミングの仕組みが従来型コンピュータとはまるで違うため、エンジニアも一から勉強し直す必要があるということでした。二次影響、さらには思いもよらない三次影響以降も含めると、量子コンピュータの普及は私たちの社会構造に大きな変化をもたらすことは間違いないように思われます。
もう一つ印象的だったのは(これが今回の分科会でも最も印象的だったのですが)、GoogleやIBM、マイクロソフトなど米国勢や中国などの企業が開発にしのぎを削っている「量子ゲート」と呼ばれる方式、世界で初めて1999年にこの方式の量子コンピュータのチップを開発したのは、日本のNECだったということです。しかし、NECはその後、開発を取りやめてしまったとのことです。また、現在カナダのD-Wave社が先行している「量子アニーリング」と呼ばれる別の方式も、その基となる理論は日本人研究者が初めて考案したものだそうです。しかし実用化では海外に先を越されてしまったというお話でした。
その源流には日本の存在感が色濃くあるにもかかわらず、今日では海外勢に水をあけられてしまった感もある量子コンピュータ開発の最前線。様々な背景や事情もあるのだと思いますが、やはり残念な気持ちがするのが正直なところです。長期で説明の難しい(正確に見通すことが困難な)取組みよりも、短期で成果が予想しやすい(説明しやすい)取組が指向されてしまう、いわゆる「時間軸のトレード・オフ」との向き合い方にも課題があるような気がしてなりません。短期志向を是正し、より長期的な企業価値を目指そうという潮流の中で、存在感が高まっているESG投資にかかわっている者として、時間軸のトレード・オフの課題を改めて考える良いきっかけにもなりました。
以上