【KSI分析レポート】シリーズ-多排出セクターにおける企業のトランジション計画策定状況調査レポート - [2] 石油セクター分析
調査の趣旨
日本では2022年4月以降TCFD提言に基づく開示がプライム上場会社に義務化されたこともあり、ネットゼロに向けた戦略や目標の開示は進んでいるが、その実現に向けたトランジションプランの策定はまだ緒についたばかりという状況である。本調査では、日本企業において、2050年ネットゼロに向けた短・中期的な計画の具体化がどの程度進んでいるのか、特に注目される多排出産業と銀行セクターを対象に調査・分析する。
レポートの内容
【石油セクター調査対象企業】
ENEOSホールディングス株式会社(ENEOS)
出光興産株式会社(出光)
コスモエネルギーホールディングス株式会社(コスモ)
株式会社 INPEX(INPEX)
石油資源開発株式会社(JAPEX)
要約
Scope1&2 排出削減目標において5社中3社は2030年目標達成のためのマイルストーン目標を示していない。Scope1及びScope2については5社全てが2030年目標と長期目標(2036年以降目標)を策定・開示しているが、2030年までのマイルストーン目標を開示しているのはENEOSとINPEXの2社に留まる。2030年削減目標の達成に向けて、削減手段ごとの想定削減量を明確にし、直近3〜5年の実行計画を具体的に開示しているのはENEOSとコスモの2社だけである。
石油セクターで特に排出量の多いScope3 カテゴリ11(販売した製品の使用)は、ENEOS、出光、コスモの3社が削減目標の対象とし、ENEOSと出光はマイルストーンの目標も設定。残りの2社についてはScope3を低減すると表明しているが、定量的な目標は示していない。
ENEOSと出光は化石燃料事業の縮減を表明、残る3社は維持または拡大する方向。
5社いずれも非化石燃料事業を増やしエネルギートランジションを目指すとしているが、コスモ、INPEX、JAPEXの3社は化石燃料事業を維持または拡大する方向である。コスモは2021年に新鉱区を取得しており、2030年にかけて原油の生産量は増える計画。INPEXは石油から非化石エネルギーへの移行期間に天然ガスが有望なエネルギーであるとの認識を示し、天然ガス事業を拡大する意向。 JAPEXも同じく中長期的に天然ガスの新規権益の取得を目指しているが、本調査終了後の2024年9月、同社が2030年までに化石燃料開発で当初計画の2倍の4,000億円を投じることが報じられており、今後の動向を注視したい。
新エネルギー事業は再生可能エネルギー、水素・アンモニア、SAF*が主流、各社がCCS/CCUS**にも取り組む。
化石燃料事業を維持・拡大する企業も含めて、新エネルギー事業には5社全てが取り組んでいる。水素・アンモニアはいずれの会社も2030年頃に供給開始を見込んでいる。SAFの生産は、コスモは25年春から年3万キロリットル、ENEOSは27年に年40万キロリットル、出光は28年度までに年25万キロリットルの生産を始める計画。 SAFは廃食油など原料の獲得競争が激しく、国内でも争奪戦が本格化している。
また、5社いずれもがCCS/CCUSの調査や実証事業を進め、化石燃料事業を低炭素化することによりネットゼロを達成する意向のようだが、貯留地の確保など課題が残る。
*SAF: Sustainable Aviation Fuel(持続可能な航空燃料)
**CCS/CCUS: Carbon dioxide Capture and Storage / Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage
調査結果
Scope1 & Scope2 排出削減目標において5社中3社は2030年目標達成のためのマイルストーン目標を示していない
Scope1及びScope2については5社全てが2030年目標と長期目標 (2036年以降目標)を策定・開示しているが、2030年までのマイルストーン目標を開示しているのはENEOSとINPEXの2社に留まる。ENEOSは2025年度までは各年度目標も開示し、2025年度14%削減(2013年度比、総量)、2030年度46%削減、長期目標に関しては他社より10年早い2040年度カーボンニュートラルを設定。INPEXは2024年度及び2030年の中間目標を石油・天然ガス生産量当りの原単位で設定、2050年に総量でネットゼロを目標としている。
目標の対象範囲については、元売り3社(ENEOS、出光、コスモ)はグループ連結での目標、E&P事業を主とするINPEXとJAPEXはプロジェクトベースで自社の権益分や操業分などとしている。
Scope3 について5社中2社はネットゼロ目標に含めていない
石油セクターのバリューチェーンにおいては、自社の操業による排出(Scope1, Scope2)に比べて製品使用時の排出(Scope3 カテゴリ11)が非常に多い。Scope3をネットゼロ目標に含めて開示しているのはENEOS、出光、コスモの3社。ENEOSはScope3の削減に向けて次世代エネルギー分野(再エネ、水素、CN燃料)と素材分野のトランジションを進めるとし、エネルギー供給量当たりの排出量(Scope1+2+3)から算出する原単位を指標として2040年に半減するという長期目標に対し、2025年・2030年のマイルストーンを示している。出光も同様の指標で2030年・2040年目標を設定している。コスモはグリーン電力の拡大や次世代燃料等の取組を進めることにより「2050年にScope3を含めたネットゼロを目指す」と明記しているが、マイルストーンは示していない。他の2社については「Scope3削減に貢献する」ことを目標に掲げるが、達成度を測ることができる指標ではないため、ここでは「目標」と認識していない(*1)。
1.5℃目標については5社いずれも目標達成へのコミットメントを示さず、削減経路のベンチマーキングも開示していない
5社いずれもTCFD提言に基づくシナリオ分析においては1.5℃シナリオを参照しているものの、アライアンスへの加盟などという形で明確なコミットメントを示している会社はなく、1.5℃経路をベンチマークして自社の排出実績及び削減目標を開示している事例も見られなかった。ENEOSは前中期経営計画期間(2020~2022年度)のCO₂排出削減目標と実績の乖離を開示している。
5社中3社は化石燃料事業の縮小を明言せず5社全てがCCS/CCUSによる低炭素化を図るとしている
IEAは石油・ガスセクターのトランジションに関する最新の報告書(*2)で、STEPSシナリオでは2020年代末に石油需要はピークを迎えると予想した。需要を満たすのに新規の探鉱の必要性はなく、1.5℃シナリオでは2040年には日量700万バレルを超える石油生産が操業停止に追い込まれると指摘する。
5社いずれも非化石燃料事業を増やし、エネルギートランジションを目指すとしている。2030年以降の事業ポートフォリオについて数値計画で示しているかを見たところ、コスモとJAPEXは新事業領域(再エネや次世代燃料など)の2030年の経常利益目標を示し、INPEXはネットゼロ5分野(*3)の2030年の営業CFを10%程度にする計画としている。しかし、これらの3社は今のところ、化石燃料事業を縮小する方向性は示していない。
各社の化石燃料事業の計画を見てみると、ENEOSはROICの化石燃料事業比率が2022年度に約60%のところ2040年度に約25%へ削減、出光は2030年に化石燃料アセットを2022年度比2割削減・収益比率で50%(2022年度は95%)とすることを目指すと公表している。一方、コスモ、INPEX、JAPEXの3社は化石燃料事業を維持または拡大する方向になっている。コスモは2021年にアブダビ首長国の新鉱区を取得しており、早期生産回収を目指すとするものの、2022年から2030年にかけて原油の生産量は日量4.2万バレルから5万バレルへ増える計画。INPEXは石油から非化石エネルギーへの移行期間に天然ガスが有望なエネルギーであるとの認識を示し、天然ガス事業を拡大する意向である。JAPEXも同じく中長期的に天然ガスの新規権益の取得を目指している。これらの3社を含め、5社いずれもがCCS/CCUSの調査や実証事業を進め、化石燃料事業を低炭素化することによりネットゼロを達成する意向のようである(*4)。
公正な移行について言及しているのは1社のみ
石油業界では、国内需要の先細りと脱炭素の潮流を受けて、製油所の閉鎖や統廃合が進む。出光は長期ビジョンの中で製油所の精製能力を段階的に削減し、カーボンニュートラル燃料・製品を生産するCNXセンターとして再編する計画を公表している(*5)。ENEOSは既存の製油所を水素の製造拠点として活用する構想を持つ。
脱炭素への移行プロセスにおいて、クリーンエネルギー産業では世界で1400万人の雇用が生まれる一方、化石燃料関連産業では500万人の雇用が失われると言われている(*6)。大きな事業転換が求められる石油業界においては公正な移行も課題だが、これについて言及があったのはENEOS1社のみであった。ただし、具体的な取り組みや計画については確認ができなかった。
2030年の排出削減目標達成に向けて足元3〜5年の実行計画と削減手段ごとの削減目標を示したのは5社中2社
2050年ネットゼロの中間目標となる2030年削減目標の達成に向けて各社は削減手段を開示しているが、各手段の削減目標を明確にしているのはENEOSとコスモの2社だけである。また、この2社は2030年目標達成に向けて特に重要となる足元3〜5年の実行計画についても施策と期限を示すなどモニタリングできる程度の具体性をもって開示している。出光、INPEX、JAPEXの3社については排出削減のために講じる手段がどの程度削減目標に寄与するのかを明らかにしていない。JAPEXについては実行計画についても部分的な開示しか確認できなかった (*7)。
カーボンオフセットの利用は削減できない残余排出分に限ると方針を明記したのは1社のみ
カーボンオフセットの利用は2030年以降の目標達成が見込めない場合の残余排出分に限ると方針を明記したのはコスモ1社のみである。ENEOSはカーボンクレジット創出支援・クレジット購入分を2025年以降に自社の削減貢献量としてカウントする計画。INPEXは従前より操業地域での森林保全・植林事業によりクレジットを取得しており、2030年頃には年間200万トン規模のクレジット取得を目指す。現時点の排出量実績(原単位)もオフセットを含めていることから、2030年・2050年目標もオフセットを加味したものと考えられる。JAPEXはScope3排出削減貢献の一つとしてカーボンニュートラルLNG(*8)を供給する計画。出光はカーボンオフセットの利用そのものが確認できない。
Scope1,2の開示について5社中3社が連結子会社を含むものの主要な排出源を含んでいるのか確認できない
Scope1及びScope2の排出量(実績)に関しては、従前より温対法に基づく報告義務やESG評価機関への対応、最近ではTCFDへの賛同が広がったことなどにより開示は進んでいる。
集計範囲を見ると、ENEOS、出光、コスモの3社が連結子会社を含むものの、カバレッジが不明で、事業区分も明らかにされていないため、主要な排出源をカバーしているのか判断ができない。
Scope3の開示は5社全てが石油セクターで特に排出量の多いカテゴリ11(販売した製品の使用)を開示し第三者保証も取得
Scope3については、上流と下流を通じて全カテゴリを開示(該当しないカテゴリを除くと明記)したのはコスモとJAPEXの2社。その他3社は一部カテゴリの記載に留まる。石油セクターで特に排出量の多いカテゴリ11(販売した製品の使用に伴う排出)については5社全てが開示している。
また、5社全てがScope1とScope2に加え、Scope3のカテゴリ11に関しては第三者保証を取得している(確認したのは直近年度のみ)。なお、出光はScope3の開示カテゴリすべてそれぞれを保証対象としたが、カテゴリ11以外は集計範囲が出光興産単体となっている。
5社全てが役員報酬の指標に排出削減目標を採用している
5社全てにおいて排出削減目標と役員の報酬が連動していると確認できた。年次評価項目または株式報酬の指標にCO₂削減目標を含めている。
注釈
*1: ENEOS(株)、出光興産(株)、コスモ石油(株)の3社が加盟する石油連盟のカーボンニュートラルビジョン(2022年12月版)で、2050年に「供給する製品に伴うCO₂排出(Scope3)の実質ゼロにもチャレンジする」と掲げられており、3社はこのビジョンに沿って目標を設定・公表したと考えられる。一方、INPEX、JAPEXの加盟する石油鉱業連盟(2024年4月1日から「エネルギー資源開発連盟」に名称を変更)では、「Scope3削減も目指す」とするものの、ネットゼロを目標とするには至っていない。
石油連盟「石油業界のカーボンニュートラルに向けたビジョン(目指す姿)」【2022年12月版】
https://www.paj.gr.jp/environ/carbon_neutral
石油鉱業連盟「カーボンニュートラル実現ビジョン」【2022年6月改訂版】 https://www.sekkoren.jp/pdf/carbon_neutral_vision.pdf
*2: The Oil and Gas Industry in Net Zero Transitions https://www.iea.org/reports/the-oil-and-gas-industry-in-net-zero-transitions
*3: 水素・アンモニア事業、石油・天然ガス分野のCO₂低減(CCUS)、再生可能エネルギー、カーボンリサイクル・新分野事業、森林保全事業
*4: IEAはCCUSは削減が困難な場合には有用な方法としつつも、現状の石油・ガス生産量を維持する場合、回収・貯留する炭素量と投資資金の金額は膨大だとして、過度な期待を警告している。https://www.iea.org/reports/the-oil-and-gas-industry-in-net-zero-transitions/executive-summary
(The Oil and Gas Industry Net Zero Trantions)
*5: グループでの精製能力を、日量95万バレル(2022年)から65万バレル(2030年)に削減する計画。2024年3月末には西部石油(株)の山口製油所の精製機能を停止(日量12万バレル)し、太陽光発電による電力供給などの機能を含めた新規事業構想を公表している。https://www.idemitsu.com/jp/news/2023/240122.html
*6: IEA Net Zero by 2050 https://www.iea.org/reports/net-zero-by-2050
*7: 確認ができたのは「新規3か所のバイオマス発電所が2025年までに営業開始」「2026年までにCCS/CCUSモデル事業の実現に目処をつける」(共に統合報告書2023, P8, P16)
*8: 認証機関で認証を受けた二酸化炭素(CO₂)のクレジットにより、天然ガスの採掘から燃焼までの過程で発生する温室効果ガスを、他の手段で削減・吸収したCO₂と相殺したLNG
参考資料
ENEOSホールディングス
ENEOS REPORT(統合レポート)2022, 2023 https://www.hd.eneos.co.jp/ir/library/annual/
ESGデータブック https://www.hd.eneos.co.jp/esgdb/environment/warming.html
カーボンニュートラル基本計画 https://www.hd.eneos.co.jp/csr/meeting/pdf/esg_ex_20230713.pdf,
気候変動のリスク/機会への対応(TCFD)https://www.hd.eneos.co.jp/esgdb/environment/tcfd.html
出光興産
出光統合レポート 2022, 2023 https://www.idemitsu.com/jp/ir/library/annual/index.html
出光ESGデータブック 2023 https://www.idemitsu.com/jp/sustainability/databook/index.html
サステナビリティサイト 気候変動対応、カーボンニュートラルに向けた取り組み https://sustainability.idemitsu.com/ja/themes/422
中期経営計画(2023~2025年度)https://www.idemitsu.com/jp/company/managementplan/2023_2025plan.pdf
コスモエネルギーホールディングス
コスモレポート2023 https://www.cosmo-energy.co.jp/ja/about/ir/event/annual/2023.html
コスモレポート2022 https://www.cosmo-energy.co.jp/ja/about/ir/event/annual/2022.html
ESGデータ集(環境)https://www.cosmo-energy.co.jp/ja/actions/sustainability/esgdb/data-e.html
2050年カーボンネットゼロへのロードマップ https://www.cosmo-energy.co.jp/ja/actions/sustainability/environment/gl-warming/netzero-roadmap.html
第7次連結中期経営計画 https://www.cosmo-energy.co.jp/ja/about/ir/management/mediumterm/pdf/7thmediumterm.html
INPEX
Sustainability Report 2022 気候変動対応 / データ集(環境)https://www.sustainability-report.inpex.co.jp/fy2022/jp/
長期戦略と中期経営計画(INPEX Vision @2022) https://www.inpex.co.jp/company/pdf/inpex_vision_2022.pdf
石油資源開発(JAPEX)