経済産業省「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためガイドライン(案)」のパブリック・コメントに回答しました
経済産業省「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」
一般社団法人鎌倉サステナビリティ研究所:パブリックコメント
経済産業省は8月8日、「責任あるサプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン(案)」を公表し、2022年8月29日(月曜日)までパブリックコメントを募集している。
この背景には、各国で人権尊重のための環境整備が進む中、日本政府に対して、人権尊重のためのガイドライン整備を期待する声が企業やNGOなどから多く寄せられたことがあった。こうしたニーズを踏まえ、経済産業省は、2022年3月に「サプライチェーンにおける人権尊重のためのガイドライン検討会」を設置し、ガイドライン案の検討を行い、原案の公表に至った。経済産業省は、今後、パブリックコメントを経て、ガイドラインを最終化していく予定である。
日本政府として、ガイドラインを策定することはとても大きな第一歩であり、これからも政府と企業が連携し、「ビジネスと人権」に積極的に取り組んでいくためにも、継続的にガイドラインが改訂されることを期待したい。
KSIは、日本のガイドラインが世界的に求められている水準に近づき、さらなる企業の取り組みを促進するという観点から、ガイドラインについて下記の通りコメントをまとめ、経済産業省にコメントを提出した。
【意見】
■はじめに(1P):
「人権」が意味するもの、人権の重要性について詳しく、明確に説明することを検討頂きたい。
「ビジネスと人権」への取組は、経営リスクがあるから取組むのではなく、「世界人権宣言」から始まる、各国の法律を超えた、すべての人が生まれながらに持つ権利を守ることが根幹である。なぜ「ビジネスと人権」に取組むのか、人権についての本質が明確に語られないままでは、読み手は取組を限定的なものと捉えてしまうのではないか。(JSIF:2P※)
政府の今後の取組について具体的な記載を検討頂きたい。
この取組の推進には、政府と企業の連携が不可欠である。政府が各省庁を超え、どのように取組んでいくか、今後の具体的な内容について言及をお願いしたい。(JSIF:3P)
省庁を横断した「ビジネスと人権」に関する窓口の設置について検討頂きたい。
多岐に渡り深く関連する「人権」について、各省庁を超えた連携が必要であり、迅速に対応していくためには対応窓口の設置を検討頂きたい。(JSIF:3P)
■1.2: 人権尊重の意義(3P):
経営リスクの話の前に、第一に人権尊重であり、そのうえでの経営リスクであるとの整理を記載する事を検討頂きたい。
人権についての説明がされないまま、経営リスクの話がされているが、上記でも記載したように「ビジネスと人権」に取組む意義を経営リスクであるからと限定的なものと誤解させてしまいかねない。
プラスの影響に、エンパワーメント(キャパシティ・ビルディング)による自社・グループ会社等ステークホルダーの持てる潜在能力の発揮が企業価値向上に資することの追記を検討いただきたい。
人権の取組みを進め、広い意味でステークホルダーのエンパワーメント(キャパシティ・ビルディング)が実施できれば、潜在能力の発揮につながり、企業価値にプラスの影響がある※※ことから、追記を検討いただきたい。
■1.3: 本ガイドラインの対象企業および人権尊重の取組の対象範囲(5P):
対象をサプライチェーンからバリューチェーンに広げる事を検討頂きたい
サプライチェーンは製品が生産される工程に限定されるが、資金の流れを含んだバリューチェーン全体を通じた取り組みが重要視されているため、対象をバリューチェーンに広げるよう検討頂きたい。(JSIF:7P)
■2.1.2.1: 「人権」の範囲(6P):
「人権への負の影響度が高いと言われる強制労働や児童労働等には特に留意が必要であり、優先的な対応をすることも考えられる。」を「強制労働や児童労働等、人権への負の影響度が高いと言われるリスクは様々な形態で発生し、隠されている場合がある。常に注意を払い、優先的な対応をすることも考えられる。」と深刻なリスクは児童労働や強制労働だけはなく、常に注意をする必要がある表現にすることを検討いただきたい。
「人権への負の影響度が高いと言われる強制労働や児童労働等には特に留意が必要であり」とだけの記載だと、リスクがそれだけのように誤解させてしまう懸念がある。 世界各国でさまざまな深刻なリスクが潜んでいる昨今において、人権リスクが隠れていないか、常に注意を払い、対応する事が必要であることも含めた記載を検討頂きたい。
■2.1.2.2: 「負の影響」の範囲(7P):
例にある「“小売業者との契約上の義務に違反して”、児童に刺繍を作成させている業者に再委託する場合」の“小売業者との契約上の義務に違反して”の削除をご検討頂きたい。
児童労働は、原則、国際条約(ILO 138号条約、182号条約)によって禁止されており、“小売業者との契約上の義務に違反して”と記載があると契約記載がある場合のみ違反であると誤解されてしまう懸念がある。
■2.1.3 救済(9P):
注釈23 具体的事例の記載をご検討頂きたい。
競争法に違反しかねないからと、実際は違反しないにも関わらず、救済を行わない口実に使われることが懸念される。競争法が理由で、救済をあきらめる場合とは具体的にどのような場合があるのか例示頂き、救済放棄する口実にならないよう注意する必要がある。
「影響力の行使」には、能力養成支援(エンパワーメント、キャパシティ・ビルディング)が含まれることの追記を検討いただきたい。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が提示している手引きの中に、負の影響を引き起こし又は助長している企業が行使する「影響力」には能力養成支援など、人権関連事項の改善をモチベートする力を含んでいることが明記されている。特に1.2 人権尊重の意義 にも記載があるように、これらは重要な概念であることから、追記を検討いただきたい。
なお、当事項は4.2 負の影響の防止・軽減も同様である。
■2.2.1 経営陣によるコミットメントが極めて重要である(9P):
具体的なガバナンス体制、意思決定プロセスの記載を検討頂きたい
「経営トップを含む経営陣が、人権尊重の取組を実施していくことについて約束するとともに、積極的・主体的に継続して取り組むことが極めて重要である。」だけでは具体的な経営トップの責任が不明確であり、実際にどのようにガバナンスが発揮されるかわからない(JSIF:8P)
■2.2.5 各企業は協力して人権尊重に取組むことが重要である(10P)
「自社のサプライヤー等」だけでなく、「自社のサプライヤーおよび、その先のサプライヤー等も含めた」の記載を検討頂きたい。
「ビジネスと人権」の取組は直接サプライヤーだけでなく、その先に続くサプライチェーン全体、バリューチェーン全体を含めた取り組みだと理解する。そのため、「自社のサプライヤー等」の記載だと対象が限定的であると誤解させる懸念がある。
■3.2 策定後の留意点(12P):
「研修等の実施」を追記することをご検討頂きたい。
周知だけでは浸透は難しく、ライツホルダーが自身の権利について理解し、問題があった際に活用されなければ意味がないため、「研修等の実施」と具体策の追記をご検討頂きたい。
■4.2 負の影響の防止・軽減(18P):
「影響力の行使」には、能力養成支援(エンパワーメント、キャパシティ・ビルディング)が含まれることの追記を検討いただきたい。
理由は、2.1.3救済参照。
■4.4 説明・情報開示(25P):
「情報開示を行うことは企業に求められる説明責任を果たす事であり、積極的に行うことが期待されている」との記載を検討頂きたい。
現状の「それぞれの状況に応じて、各社の判断に委ねられる」では、企業の間に情報開示の取組が十分に広がらない場合も考えられ、開示の必要がなければ形式的な取組が行われるなど、取組の形骸化を招きかねない。
■4.4.1.1 基本的な情報(25P):
情報開示はリスクがない事ではなく、リスクを見つけ対処するマネジメントシステムが必要である。より具体的な開示内容を明示することを検討頂きたい。
例えば、人権に関する推進体制、経営層の責任の明記、ガバナンス体制、人権DDの対象・方法・結果、改善状況、苦情処理メカニズムの周知と浸透・活用状況、苦情処理の内容と改善策、人権リスク防止・軽減のための具体的内容等
具体的な目標と状況を定性的・定量的に開示することを検討頂きたい。
■5.1 苦情処理メカニズム(27P):
「報復行為の危険がないよう、使用者の安全を確保すべきである」と明記する事を検討頂きたい。
苦情処理メカニズムが健全に機能するためには、報復行為によるさらなる深刻な人権侵害や、内容が漏洩する恐れをなくすことが必要であり、決して起こってはいけない事である。利用者の保護についても記載頂く事を検討頂きたい。
「ホットライン以外の方法についても、各社実態にあった方法で対応する必要がある」と記載するよう検討頂きたい。
ホットラインのみが救済システムであると誤解させない為にも、より脆弱な立場の人を救済する方法については各社で常に考える必要があることを記載して頂きたい。
■5.2 国家による救済の仕組み(28P):
「政府から独立した人権機関の設置について検討していく」ことの記載を検討頂きたい。
国連からも日本政府に対して「国内人権機関」を設置するよう指摘をされている。人権機関の設置の検討についても言及頂きたい。
■その他
このガイドラインは「ビジネスと人権」に関する第一歩の手引きである事を強調することを検討頂きたい。
各社の状況に合わせた取り組みが期待されており、バリューチェーンに関わる全ての人の人権について配慮していくための第一歩であると理解しているが、企業にとっては、これをマニュアルとして、この範囲で取り組めば良いと誤解させてしまう内容に感じる。これが全てだと誤解させないよう、人権の本質を理解し、人権DDの意味や重要性について考え、それぞれが行動することが重要であることが明確に伝わるよう記載を検討頂きたい。
今後の継続的・定期的なガイドラインの見直しについて検討頂き、その旨記載頂きたい。
このガイドラインは初版であり、今度も継続的・定期的に見直していくことを検討頂きたい。(JSIF:11P)
※ KSIは、日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)分科会のパブリックコメントに賛同しており、賛同該当ページについては関連コメント欄に(JSIF:*P)と記載。https://japansif.com/wp-content/uploads/2022/08/JSIF-Human-Rights-Working-Group-Public-Comment-on-METI-draft-Guidelines.pdf
※※ 「ビジネスと人権」とエンパワーメント(キャパシティ・ビルティング)の関係については、以下「人間の安全保障インデックスプロジェクト」の中で整理がなされている。SDGsにおいても、「人間が持てる潜在能力を発揮できることの確保」が掲げられており、ケイパビリティ・アプローチは各原則やイニシアティブに取り込まれている重要事項といえる。
https://www.bhrlawyers.org/_files/ugd/875934_4fafae6071304d5c87c87f76358f21d4.pdf
以上。